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カネコケンタロウ
ヒーリングサロン メルキーズ主宰
東京在住の男性ヒーラー。幼少期から精神世界に関心を持ち、10代からエネルギーワークを実践。2014年からスピリチュアルヒーリングの研鑽を積み、2016年に独立してヒーリングサロン メルキーズを設立。癒しを求めるお客様にヒーリングのセッション・ワークショップをご提供している。近年では、トルコ人向けのワークショップを開催するなど、海外向けの活動も積極的に行う。

ヒーリングの道具化について

今日は、ヒーリングというものの語られ方について、私なりに感じていることを書いてみたいと思います。

私はヒーラーとして独立して10年目になります。ヒーリングというものに関わるようになってからは、もう15年以上が経ちました。最初の頃と今とで、この業界の雰囲気はかなり変わったなと感じることが多々あります。特にここ数年、ヒーリングがどういう文脈で、どんなふうに語られるのかということに、ちょっとした違和感を覚えるようになりました。

あらかじめ断っておきたいのですが、これは誰かや何かを批判したいという話ではありません。あくまで私個人の観察に基づいたものです。10年この業界で活動してきた人間としての、ひとつの気づきとして読んでいただければと思います。

目次

結果が先に語られるようになった

たとえばSNSを開くと、「ヒーリングで臨時収入が入った」「ヒーリングを受けたら理想のパートナーと出会えた」といった言葉がよく目に入ります。InstagramやFacebookでも、Meta広告でそうした表現がたくさん出てきます。

こうした体験談が嘘だと言いたいわけではありません。ただ私がここで観察しているのは、ヒーリングの話をするとき、まず最初に語られるのが、単に癒されるということ以上の「結果」になっているということです。

お金、恋愛、仕事、人間関係。具体的な成果がまず前面に出て、その手段としてヒーリングがある、という順番になっています。

15年ほど前、日本でヒーリングのブームがありました。レイキヒーリングを中心に、「癒しのエネルギーを送る・受け取る」ということが文化として広まっていた時期です。あの頃を思い返すと、今とはだいぶ違っていました。もちろん当時も具体的な成果への期待はありましたが、少なくとも、癒されることそれ自体にもっと価値が置かれていたはずです。ヒーリングを受けて心身が楽になる。それだけで十分に意味がある、という感覚が共有されていたように思います。

ところが、この10年、15年ですっかり様変わりしてしまいました。今では「癒しのエネルギーを送ります」という言い方がどこか古くさく感じられ、代わりに具体的な成果を前面に出したヒーリングが主流になっています。

言葉の原義に立ち返る

ここで、言葉の原義に立ち返ってみましょう。

そもそも「ヒーリング healing」は英語であり、「全体にする」「元の状態に戻す」という意味を持っています。語源をたどると、古い英語の “hælan” という言葉にたどりつきます。”hælan” には「完全な状態にする」という意味があるそうです。

つまり言葉の成り立ちからすれば、ヒーリングとは何かを足したり獲得したりすることではなく、本来の状態に戻すということだったはずなのです。

そしてこれは、業界の外にいる人の感覚とも一致していると思います。ヒーリングにあまり馴染みのない人に「ヒーリングって何だと思いますか?」と聞いたら、おそらくほとんどの人は「疲れが取れるもの」「心が落ち着くもの」「緊張がほぐれるもの」のように答えるのではないでしょうか。ヒーリングと聞いて「お金を引き寄せるためのもの」「理想の恋人と出会うためのもの」と真っ先に連想する人は、まずいないと思います。

言葉の原義からしても、一般的な感覚からしても、ヒーリングとはもともと心身を調整するものと捉える方がおそらく自然です。エネルギーの滞りを解消する、もつれた感情をほどく、思考のクセに気づく。そういったことを通じて、その人が本来の状態に戻っていく。これが基本的な営みだったはずです。

そして、その結果として、あくまで副産物として、現実に変化が起きることがある。判断が変わり、行動が変わり、人との関係が変わって、それが外から見ると「お金が入った」「いい出会いがあった」というふうに見える。

つまり元々の順番は、「整う」がまずあって、結果はその後に、しかも必ずとは言えないけれど、ついてくるものだったはずなのです。

カテゴリーエラーが起きている

今起きていることは、この順番の逆転です。「お金が欲しいからヒーリングを受ける」「恋愛がうまくいかないからエネルギーを調整してもらう」。結果が先にあって、ヒーリングがそこに到達するための手段として語られることが多いのです。

これは些細な違いのように見えるかもしれませんが、構造としてはかなり大きなズレだと思います。副次的に起きるはずのものがメインの目的になり、本体であるはずの「整える」というプロセスが、結果を得るための単なる通過点になっている。

もう少し踏み込んで言うと、これは一種のカテゴリーエラーだと思っています。

「金運を上げる」「理想のパートナーを引き寄せる」というのは、特定の成果を狙って手を打つ行為です。これは目標達成のカテゴリーに入ります。一方、ヒーリングが本来やっていることは、その人の状態を整えるということ。これは成果を狙う行為ではなく、状態を調整する行為であって、カテゴリーが違います。

たとえるなら、睡眠が近いかもしれません。よく眠れた翌日は判断が冴えて仕事がうまくいくことがあります。でもだからといって、「私は売上を上げるために寝るんです」とは普通は言いません。睡眠はあくまで睡眠であって、目標達成のツールではない。結果としてパフォーマンスに影響することがあっても、それは睡眠の副次的な効果に過ぎません。

ヒーリングも同じで、「整える」というカテゴリーに属しているものを「成果を出す」というカテゴリーに無理やり押し込んでいるから、評価の仕方も期待の持ち方もズレたものになってしまっている。これが今起きていることの、もう少し根本的な見方だと思います。

もちろん、ヒーリングをどのように定義するかは自由ですし、具体的な成果を目的としてヒーリングを用いることが禁じられているわけでもありません。

ただ、実態に照らし合わせるならば、ヒーリングがやっていることの大部分は整えるということであり、それ以上の具体的な成果を安易に約束するのは、受ける側にとっても提供する側にとっても不健全ではないか、というのが私の考えです。

なぜこのズレが生まれたのか

では、なぜこうなったのか。これは誰か1人が悪いという話ではなく、業界に関わる人全体が少しずつ作り上げてきたものだと思います。

まず、ヒーリングを受ける側の事情があります。人がヒーリングに興味を持つきっかけは、多くの場合、何か具体的な困りごとです。お金が足りない、恋愛がうまくいかない、仕事が行き詰まっている。こうした切実な苦しさの前では、「少し気持ちが軽くなりました」よりも「翌月の売上が倍になりました」の方が、はるかに分かりやすい価値として響きます。

他方で、提供する側の事情もあります。「心身のバランスを整えます」と誠実に言うよりも、「金運がアップします」「理想のパートナーと出会えます」と言った方が、反応がいい。申し込みが増え、売上が立つ。ビジネスの論理としては当然の判断ですし、そこに悪意があるわけではありません。

そして重要なのは、この両者がお互いを強化し合っているということです。ヒーリングを受ける側が具体的な成果を求め、提供する側がそれに応える。具体的な成果を約束する表現が増えるほど、ヒーリングを受ける側の期待はさらに膨らみ、次の提供者はさらに大きな結果を謳わないと差別化できなくなっていく。こうして市場全体が徐々に結果志向の方へ傾いていったわけです。

心理的な背景もあります。私たちは基本的に不確実なものが苦手です。整えるというプロセスは、正直言ってかなり曖昧なものです。どう変わるかもわからないし、いつ変わるかもわからない。そこにお金と時間を費やすのは心理的なハードルが高い。でも「このヒーリングを受けたらお金を引き寄せられます」と言われれば、具体的で測定可能で、自分の人生をコントロールできている感覚を持てる。だからこちらの方が安心できるのです。

ヒーリングが「現実を操作するための道具」として理解されるのは、こうした人間心理の自然な帰結とも言えます。繰り返しますが、これは誰かを責めたいという話ではありません。需要と供給の構造、そして人間の心理が噛み合わさった結果として、今の現状が出来上がっているということです。

ここで見落とされがちなのは、提供する側にとってもこの構造は健全ではない側面があるということです。

具体的な成果で人を集めれば、具体的な成果で評価されます。具体的な成果を期待してヒーリングを受けた側が「すぐに現実が変わらなかった」「具体的な結果は何もなかった」と失望するケースは後を絶ちません。期待の基準が具体的な成果に設定されている以上、それが出なければ不満になるのは当たり前のことです。ヒーリングのプロセスを通じて心身が少し楽になっていたとしても、ものの見方が変わっていたとしても、成果という基準の前ではそれは見えなくなる。結果として、業界の信頼そのものが損なわれていきます。

ヒーリングがやっていること

ここまで、ヒーリングの実態は整えることだと述べてきました。では、その「整える」とは具体的にどういうことなのか。もう少し丁寧に見ていきたいと思います。

私個人の見方としては、ヒーリングとはある種の調整を行う行為です。心身の歪みを取る、緊張や感情の滞りをなくす、こんがらがった思考を緩める。その人の中にある歪みを元に戻していく営みです。壊れたものを直すというよりは、歪んでいるものを整えるという感覚が近い。

たとえば、長い間自分の本音を押し殺して生きてきた人がいるとします。その人の中には、感情的な緊張がずっと蓄積しています。「本当は嫌なのに嫌と言えない」「本当はやりたいのに踏み出せない」。こうした緊張は、自覚できていることもあれば、身体のこわばりや繰り返される反応パターンとして無自覚のうちに表面化していることもあります。

ヒーリングがやっているのは、こうした蓄積された緊張を解放し、歪みや抑圧を解いていくことです。エネルギー的なアプローチであれ身体的なアプローチであれ、本質的にやっていることは同じです。固まっているものを緩め、歪んでいるものを調整していく。

すると、その人の内側に余白が生まれます。緊張や歪みの維持に使っていたエネルギーが解放され、別のことに使えるようになる。

ここで重要なのは、変化がどこから起きるかです。ヒーリングにおける変化は、外側から何かを注入することで起きるのではなく、その人の内側の整合性が回復していくことから起きると私は考えています。自分の感情と思考が一致する、心と体がつながる、自分が何を感じ何を望んでいるのかが以前よりはっきりわかるようになる。こうした内的な変化がまず起こります。

具体的に何が起きるのか

整った結果として何が起きるのかについて、まだ抽象的に聞こえるかもしれないので、もう少し具体的にお話しします。

たとえば「自分には価値がない」とずっと思い込んできた人がいるとしましょう。その人がヒーリングを通じて、その思い込みを持ち続けてきた理由や、それが生まれた過去の経験に触れ、少しずつ解放していけたとします。

すると、自分に対する評価が変わります。無意識に「自分なんかが」と思っていた場面で、そのブレーキが弱まる。仕事で自分の意見を言えるようになるかもしれない。不当な条件に「違う」と言えるようになるかもしれない。自分を大切にしてくれる人との関係を、怖がらずに受け入れられるようになるかもしれない。

その結果として、仕事で評価が上がったり、収入が増えたり、良い人間関係が築けたりすることはありえます。外から見れば、ヒーリングで人生が変わったように見える。でも実際に起きていることは、その人の内的な緊張がほどけて、判断と選択が変わったということです。その変化が積み重なって、現実が動いたのです。

霊的な作用について

さらに、ヒーリングを受けた後に、因果関係では説明できないタイミングで人や情報とつながったり、状況が動いたりすることがあります。10年この業界にいて、こうした「霊的」とも呼べるような体験はたくさんしてきましたし、見届けてもきました。

ただ、ここが非常に大事なところなのですが、そうした霊的な作用もまた、その人が整った結果として起きるものだと私は理解しています。内側の整合性が回復し、エネルギーの状態が変わり、その結果として霊的な次元でも何かが動いていく。順番はあくまでも「整う」が先です。

ここを取り違えてしまうと、「霊的な力で現実を操作できる」という話になっていきます。そうするとまた同じ構造、つまり具体的な結果を得るための手段としてヒーリングを使うという構造に戻ってしまう。霊的なものが関わっていようがいまいが、順番は変わりません。

まとめ:整うことそのものに価値を見いだせるか

誤解してほしくないのは、現実が変わることがないと言いたいわけではないということです。実際に変わることはよくあります。でもそれはヒーリングの目的ではなく、結果です。あくまで副産物として起こりうるものであって、約束することはできないし、安易に約束すべきでもないと思います。

ヒーリングの本体は、おそらく、整えるというプロセスそのものにあります。もちろん、違った捉え方をすることもできるのですが。

しかし、結果の有無に振り回されるのではなく、自分の内側で起きている変化に意識を向けていられるという姿勢でいた方が、長い目で見たときには健全ではないかと思っています。

今のヒーリング業界では、15年ほど前にあった「癒されること自体に価値がある」という感覚がいつの間にか薄れ、「ヒーリングは願望を叶えるための道具だ」という語りの方が支配的になっています。これは構造的に作られてきたものであって、誰か個人が責められるべき問題ではありません。そして究極的に言えば、それが何か間違っているという話でもないのだと思います。

ただ、「ヒーリングは実際には何をやっているのか」ということに自覚的であることは、ヒーリングを受ける側にとっても提供する側にとっても、実態に即した健全な姿勢を保つ上で意味があるのではないかと思っています。

ヒーリングを受けるにしても、学ぶにしても、提供するにしても、心身を整えることそのものに価値を見いだせるかどうか。これが、ヒーリングという領域と長く健全に付き合っていくためのひとつのポイントになるのではないかと私は考えています。

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