過去生の反省として制限的なビリーフを持つことがある

「私は理不尽な目に遭う」というようなビリーフを見つけた時、シータヒーリングのプラクティショナーの中には、「このビリーフは制限的だからとにかく手放そう」とすぐに思ってしまう人がいるかもしれません。

ですが、見逃さないようにしたいのは、そうした制限的なビリーフを持っている理由です。

すなわち、制限的なビリーフを持つ背景には、(わざわざ持たなくてもいいのにあえて)制限的なビリーフを持つことによるメリットや学びが隠れています。

そして、メリットや学びを無視して制限的なビリーフを無闇に引き抜こうとすると、クライアントから抵抗にあったり、引き抜けたとしてもまた再生したりといった事態を招きかねません。

ここまでは、シータヒーリングのプラクティショナーであればまず知っている(知っていてほしい)内容でしょう。


さて、ここから指摘したいのは、「過去生の反省として、制限的なビリーフを持つこと(によって結果的に引き起こされる事象)で自分を矯正することを自発的に選んで生まれ変わることがある」という事象です。

例えば、過去生で他人を理不尽な目に遭わせ続けた人がいるとします。

この人が亡くなった後、生前の行いを反省し、「次の人生では理不尽な目に遭おう、そしてその体験を通じて生前の自分を改めよう」と本人が自発的に望んで(その結果として「私は理不尽な目に遭う」というビリーフを持った状態で)生まれ変わることがあります。

こうしたケースにおいては、過去生からの経緯を考慮しないまま「『私は理不尽な目に遭う』というビリーフは制限的だからとにかく手放そう」と無闇に引き抜いてしまうと、「過去生の自分を改める」という目的が果たされないままになってしまいかねません。

見方を変えれば、「私は理不尽な目に遭う」というビリーフは、「過去生で他人を理不尽な目に遭わせた自分を改めることができる」というメリットを持っていると言えます。

こうしたケースに対しては、経験則上、

  • 過去生で他人を理不尽な目に遭わせ続けることをしてきたのはなぜか
  • 今世で理不尽な目に遭うことを通じて、どんな自分を改めようとしているのか

といった点など、過去生からの経緯にも目を向けてアプローチすることがしばしば効果的です。

そして、「私は理不尽な目に遭う」というビリーフを持つメリット(=過去生で他人を理不尽な目に遭わせた自分を改めることができる)を考慮しながら対処していくのが得てして有効です。


とはいえ、ここまで書いてきたことはあくまでも経験則であり、実際の現場においては「セッションの進め方は創造主に逐一尋ねる」ということが大原則であるのは言うまでもありません。

そして、セッションの現場でその都度創造主に尋ねていれば、こうした事象に出会った時に創造主からそうと告げられるはずです。

とはいえ、知識としてでもあらかじめ知っておけば、現場でピンと来やすくなるはずです。

ご参考までに。


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