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カネコケンタロウ
ヒーリングサロン メルキーズ主宰
東京在住の男性ヒーラー。幼少期から精神世界に関心を持ち、10代からエネルギーワークを実践。2014年からスピリチュアルヒーリングの研鑽を積み、2016年に独立してヒーリングサロン メルキーズを設立。癒しを求めるお客様にヒーリングのセッション・ワークショップをご提供している。近年では、トルコ人向けのワークショップを開催するなど、海外向けの活動も積極的に行う。

「独立開業していないのは未熟」という言説はどこから来たのか

ヒーリング業界の一部では、「まだ独立開業していない人は、どこか未熟である」という空気が漂っていることがあります。はっきり口にされる場合もあれば、暗黙の前提として会話の中ににじんでいる場合もあります。

この現象について、ある人がこんな見解を聞かせてくれました。「それは、ヒーラー自身が個人事業主として活動しているから、自分の成功モデルを他人に投影しているだけなんじゃないか」と。考えれば考えるほど、この指摘には一理あるように思えます。

その上で、この問題はおそらく個人の心理だけでは説明しきれません。「独立=成熟」という等式がこれほど広く共有されているのには、個人の心理に加えて、もっと構造的な背景もあるはずです。今回は、そのあたりを少し掘り下げてみたいと思います。

目次

「ヒーラー」という職業像が生まれた時代

もちろん、ヒーリングや代替療法、スピリチュアルな実践自体は、2000年代よりもずっと前から日本に存在していました。しかし、「何かの技法を学び、資格を取り、セッションを提供し、やがて独立して活動する」という一連の流れが、ひとつの職業モデルとして広く認知されるようになったのは、おそらく2000年代半ば以降のことです。

ちょうどこの時期、日本ではいわゆる「スピリチュアルブーム」が起きていました。これは単にスピリチュアリティへの関心が高まっただけではありません。スピリチュアルな知識やヒーリング技術を有料のサービスとして市場に提供するという、一種の「スピリチュアル起業」とでも呼ぶべきライフスタイルが社会的に可視化され、ある程度の正当性を得た時期でもありました。

現在広く知られている「ヒーラー」という存在は、まさにこの文脈の中で花開いたものだと思います。ヒーリングは会社に雇われて行うものというよりも、個人が自律的に行うものとして想像されることが多かったのです。

資格制度とビジネスモデルの結びつき

同時に、多くのヒーリング技法は認定資格の仕組みを中心に組織されていました。ある技法を学び、資格を取得し、プラクティショナーとして活動し、やがてインストラクターになる。そうしたステップアップが「成長」として語られていたわけです。

もちろん、この構造には商業的なインセンティブもありました。インストラクター養成講座は高額のバックエンド商品として機能しうるからです。こうして、「ヒーリングを学ぶ→提供する→独立して事業を築く」という一連の流れが、概念的にひとつながりのものとして結びつけられていきました。もちろん、その結びつきが絶対的なものだったわけではありませんが。

2000年代の社会的背景:不安定な時代と自己責任

ここで見落とせないのが、2000年代の日本社会の空気です。

長引く経済停滞の中で、非正規雇用の増加、厳しい労働環境、雇用不安、そしてリーマンショックの衝撃。こうしたものが日常的な不安感を生み出していました。同時に、新自由主義的な考え方や「自己責任」の言説が影響力を強めていた時期でもあります。

このような背景のもとでは、「会社に縛られずに自由に稼ぐ」というイメージが、経済的にだけでなく、道徳的にも魅力的に映りえたのだと思います。雇用されていることが「依存」や「未完成」として意味づけられ、独立していることが「自己責任を果たしている」「主体性がある」「大人である」ことの証として称揚される。そうした価値観が、ヒーリング業界の内側にも浸透していたのではないでしょうか。

女性とスピリチュアル起業

スピリチュアル起業がかなりの程度、女性によって担われてきたという事実も無視できません。

ただし、これを「女性はもともとスピリチュアルなものに向いている」といった本質主義的な説明に還元すべきではないと思います。より有益な問いは、「なぜスピリチュアル起業が多くの女性にとって魅力的に、あるいは時に必要に映ったのか」でしょう。

ひとつの重要な要因は、構造的な不平等です。2000年代の日本において(そして多くの面で今日でも)、女性は経済的に不安定な立場に置かれやすい状況にありました。しかし理由はおそらくそれだけではありません。ヒーリングやスピリチュアルな仕事は、女性に文化的に結びつけられがちなケア労働との親和性、仕事と家庭を両立させる実際的な必要性、そして「自己変容=エンパワーメント」と語る自己啓発的な物語との相性の良さもあったのだと思います。

こうした条件のもとでは、独立するという選択は、単なるビジネス上の判断としてだけでなく、制約を乗り越え、主体性を取り戻し、自分の人生を作り直す物語として語られることができました。つまり、それが「成長の物語」として提示されやすかったのです。

受け継がれた価値観

現在の日本のヒーリング市場の多くは、2000年代半ばのブーム期に参入し、その後、生徒や認定ネットワークを通じて影響力を拡大したヒーラーたちによって形作られているように見えます。そのため、あの時代の価値観が市場そのものに受け継がれている。これが、独立開業という理想が今なおこれほどの道徳的な重みを持ち続けている理由の一端ではないかと思います。

その価値観は、今の時代にまだ合っているのか

しかし、本当に問うべきは、その価値観が現在の状況にまだ合っているのかどうかです。

日本のヒーリング市場の多くの分野で、かつてのように新しいプラクティショナーやインストラクターを生み出すことが難しくなっているように見えます。供給過多がひとつの理由でしょうが、問題はイデオロギー的なものでもあると思います。「ヒーリングを学び、ヒーラーになり、やがて独立した事業を築く」というかつての成功物語が、今の時代にはもうきれいにフィットしなくなっているのではないでしょうか。

私たちはパンデミックを経験しました。多くの小規模事業者やフリーランスが苦しみ、あるいは消えていくのを目にしました。SNSなどを通じて、起業に伴う不安定さ、疲弊、失望の声に触れる機会も格段に増えました。こうした状況の中では、「独立」がかつてのように、それ自体として人を惹きつける夢であり続けることは難しくなっているかもしれません。そのシンボリックな力は弱まっているのではないでしょうか。

2000年代の成功者たちが語る「変化」の逆説

それでも、「独立=成熟」という語り方を最も自信を持って語り続けているのは、多くの場合、2000年代のブーム期に自らのポジションを確立したベテランのヒーラーたちです。彼ら・彼女らの多くは実際にその夢を体現してきた人たちであり、それ自体は率直に言って立派なことだと思います。私自身もまた、まさに彼ら・彼女らの背中を追いかけてヒーラーになった1人です。

それでも、その夢が今日もなお夢として機能するかどうかについては、疑問を感じずにはいられません。私が独立したのはブームから遅れて2016年のことでしたが、振り返ってみれば、あの時点ですでに夢はかすかに色褪せはじめていたのかもしれません。最初のブームからもう20年近くが経とうとしている今、それを信じ続けることはさらに難しくなっています。

ここにはある種の逆説があります。「時代は変わった」「常にアップデートし続けなければならない」と最も強く主張するのは、しばしば、その初期の時代の前提のもとで成功を築いたベテランたちです。「次のレベルへ」「より高い自分へ」と人を促し、停滞している人には「取り残される」という言葉を投げかけることもあります。しかし、この「常に上を目指さなければならない」という価値観そのものが、どこか2000年代の匂いを帯びてはいないでしょうか。「次のステージが常に存在する」という前提自体が、あの時代に属するものかもしれないのです。本人たちが十分に自覚しないまま、自分たちが最も成功した時代のレトリックを再生産している。そういう可能性はないでしょうか。

おわりに:「独立しない」という選択の正当性

おそらく私たちは、あの時代に形成された価値の体系そのものが少しずつ侵食されていく時代を生きています。だとすれば、問題は一部のヒーラーが手法をアップデートできていないということだけではありません。ヒーリング、自己成長、起業、そして成熟を結びつけてきた、より深い物語のほうが、もう同じようには成り立たなくなっているのかもしれないのです。

雇用されたままでいること。ヒーリングを事業化しないこと。上へ上へと進み続ける圧力に従わないこと。これらはもはや「未熟さ」の証ではないのかもしれません。むしろ、現在の状況をより明晰に理解した上での選択なのかもしれない。私はそう思うのです。

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