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「特定の何かだけが神に愛されている」という誤謬

  • 我が国だけが神に愛されており、他の国は神に愛されていない
  • 我が国の民だけが神に愛されており、他の国の民は神に愛されていない
  • 我が民族だけが神に愛されており、他の民族は神に愛されていない
  • 我が宗教だけが神に愛されており、他の宗教は神に愛されていない

こうした言説は人類によって古くから用いられてきました。

ある時には戦争を正当化する修辞として、またある時には国民を鼓舞するための修辞として。

しかし、「特定の何かだけを愛し、それ以外のものは愛さない」という選り好みを神はするのでしょうか?

少なくとも、万物の根源のエネルギー(このエネルギーは「神」「創造主」「大いなる源」などと呼ばれます)はこのような選り好みをしません。

すべての国・国民・民族・宗教は神によって愛されており、それ以上に、すべてのものは神のかけがえのない一部分なのです。


ところで、「特定の何かだけが神に愛されている」ということはないと顕在意識では認識しているとしても、潜在意識ではそのような認識を保持している可能性はあります。

例えば、

  • 先祖が「日本だけが神に愛されている」と信じていたのを受け継いでいる
  • 過去生で「ギリシャ人だけが神に愛されている」と信じていたのを持ち越している
  • 「キリスト教徒だけが神に愛されている」と信じている集合意識に感染している

など、様々な事情によって上記の認識を潜在意識に保持している可能性があります(潜在意識であるからして、顕在意識では得てして自覚できていません)。

しかも、こうした認識は現在の自分の属性とは関係ないことすらあります。

例えば、

  • 日本人でありながら「チリ人だけが神に愛されている」と潜在意識で思っている
  • 仏教徒でありながら「カタリ派だけが神に愛されている」と潜在意識で思っている

というようなケースは往々にしてあります。

筋肉反射テストができる方は、

「○○(国/国民/民族/宗教)だけが神に愛されている」

というフレーズで反応を取ってみると、意外なところでYESの反応が出るかもしれません(シータヒーリングのワールドリレーションズのクラスを受講したことがある方だと、似たようなことを経験したことがおありのはずです)。

突き詰めて言えば、「特定の何かだけが神に愛されている」という発想は誤謬に基づいています。

気になった方は、YESの反応が出たものについてワークしてみるといいかもしれません。


上で述べたことのバリエーションですが、もし日本人であれば

  • 日本(人)だけが素晴らしい(他は素晴らしくない)
  • 日本人だけが霊性/精神性が高い(他は霊性/精神性が低い)
  • 日本だけが神の国だ(他は神の国ではない)

といったフレーズでも筋肉反射テストを取ってみることをおすすめします(こうした言説はスピや政治などの領域でしばしば聞かれますよね)。

こうした言説の正誤はここではあえて論じません。

ですが、こうした言説を正しいと信じる思いの背後に、他の国や民族に対する優越感や蔑視、あるいは浮ついた高揚感があるのであれば、ワークの対象としてもいいのではないかと思うのです。

「他の国や民族もまた素晴らしい」「他の国もまた神の国だ」と言われて不快感を覚えるのであれば、その不快感がどこから来ているを内省してみると、何かしら得るものがあるはずです(「すべての国や民族には固有の素晴らしさと神性が宿っている」という考えではなぜいけないのでしょうか?)。


最後に、きざったらしく、ルドルフ・シュタイナーの言葉を引用しておきたいと思います。

アーリマン[引用者注:悪魔の一種]が用いる第二の手段は、「あらゆるものを扇動することによって、現代の人間を互いに反目し合う小さなグループへと分裂させること」です。

(ルドルフ・シュタイナー『悪の秘儀』、イザラ書房、118頁)

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